海上自衛隊のホルムズ海峡派遣を

2019.12.18 Wednesday

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    中東と日本の原油外交

     

     日本の中東外交は楕円形外交を続けてきた。一つの焦点は日米同盟を基軸とするイスラエルとの友好関係であり、もう一つの焦点は原油輸入のために必要不可欠なアラブ諸国との友好関係である。

     

    その二つの焦点を見失わずうまくバランスをとって楕円を描くためにはイスラエルとアラブ諸国との間に中東戦争が起こらないことを前提としている。

     

     

    過去最大の危機は1973年の第4次中東戦争時で日本では第一次オイルショックとして記憶されている。日本はその危機をエネルギーミックス政策によって克服してきた。

     

     

    刻一刻と変遷する 中東の対立構造

     

    一方‘イスラエルVSアラブ諸国’という対立構図は1991年の湾岸戦争によって崩壊した。サダム・フセインはイラクをして中東地域の覇権国家にならんと野望を抱きクウェートを侵攻し、反米・反イスラエルの汎アラブ・イスラム連合を呼びかけたが、対する米主導の多国籍軍とアラブ諸国は連合を組んでクウェート解放のために戦い勝利を収めたからである。

     

    湾岸戦争をイスラム信仰の敗北とみなしたアルカイダのウサマ・ビン・ラディンは2001年9・11テロを引き起こした。‘テロとの戦争’はアルカイダから派生した‘イスラム国(ISの登場により、‘スンニ派内のイスラム穏健派VSイスラム過激派’への移行をもたらした。

     

     

     

    今も燻ぶる イランの革命輸出

     

    1979年に起こったイラン・イスラム革命もイスラム過激主義のシーア派版と言って過言ではない。サウジアラビアをはじめ湾岸諸国がイランの革命輸出を恐れるゆえんとなった。

     

    2016年正月、イランにあるサウジアラビア大使館に火炎瓶がはなたれ大使館にイラン人が侵入する事件が発生した。サウジアラビアは直ちにイランとの国交を断絶し、バーレーン、スーダンはそれに続き、UAEとクウェートは大使召還に踏み切った。

     

    その背景にはISによるアラビア半島の混乱に乗じ、イランがイェメンのフーシ派を軍事支援し、内戦中のシリアに革命防衛隊を派遣し、レバノンのヒズボラには武器輸出したとし、その意図には、肥沃な三日月地帯に‘イラン・イスラム帝国’を築こうとする野望を見て取ったからだ。

     

    ‘イスラム国’が事実上消滅した現在、中東地域の対立構図はサウジアラビアを筆頭とする‘親米アラブ穏健諸国VSイスラムシーア派過激主義国イラン’となったのである。

     

    イスラエルと対照的に 孤立化するイラン

     

     一方イスラエルと平和条約を結んでいるエジプトは対イスラム過激派ではサウジとの協力関係を深化させており、UAE(アラブ首長国連邦)は「イスラエルの政府代表部」を設置した。親米アラブ穏健諸国はイスラエル・パレスチナ和平問題がアラブ諸国の受け入れられる形で提示されれば、イスラエルとの平和条約を結んでいく状況になってきたと思われる。

     

     イランはイスラム革命後40年を迎えたが内外にその限界を迎えている。全国各地のデモは経済問題から体制批判へと向かっている。イランの核合意離脱的動きには英独仏からの批判を浴びており、タンカー攻撃から始まる対米強硬策はイラン政権の限界を露呈していると受け取れる。

     

    アメリカがイランとの仲介の引導を日本に渡した理由として考えられることは、アメリカがイランとの仲介を求めたからではなくイランを交渉に呼び戻す役割を安倍首相に期待したと理解するのが妥当ではなかろうか。

     

    米国とイランの交渉で 好機を得る日本

     

    したがって日本は従来のイランとの友好関係を毀損することなく関係を維持しつつホルムズ海峡での日本船舶の安全に対し積極的に発言する機会を得たととらえるべきだ。

     

    しかも会談の当日に日本タンカーへの攻撃がなされた。攻撃はイランのイスラム過激派である可能性が高く、彼らの意図は「アメリカに与すれば日本はこのような攻撃を受けるぞ」という脅しであったと思われるが、日本にとっては航行の安全をより具体的に主張できる口実を得たことになった。

     

     

     有志連合に加盟せずイランに一定の配慮を示したことは評価できるが日本独自の自衛隊派遣を海賊対処法の範囲内で検討すべきではない。相手は海賊ではなくイラン系イスラム過激派だ。

     

    しかもホルムズ海峡を通過する世界の全タンカー数の1割を日本タンカーが占める現実を鑑みれば海軍自衛隊を派遣することは当然の自衛行為と言えよう。

     

     

    バーレーンの米海軍基地には今回の米主導有志連合の司令部が置かれ、UAEのアブダビ仏海軍基地には欧州独自の海上警備部隊の司令部が置かれることになった。安倍政権は米英豪の有志連合と綿密に検討し、不測の事態をヘッジしたうえでホルムズ海峡への自衛隊派遣を決断していただきたい。

     

    成田啓三

     

     

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    ISILと戦ったクルド人女性達

    2019.08.10 Saturday

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      クルド女性防衛部隊 (クルド語: Yekîneyên Parastina Jin; 英: Women's Protection Units) (YPJ) は、2012年に左翼民兵クルド人民防衛隊の女性旅団として設立された、武装集団である。

       

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      クルド女性防衛部隊の旗

       

      YPGとYPJはロジャヴァと呼ばれるクルド人が多数を占めるシリア北部を事実上統治しているクルド人連合の武装部門である。

       

      クルド人、アラブ人、アッシリア人、チェルケス人、また外国人ボランティアなどにより構成されている。



      歴史
      この全員女性で構成されている民兵集団は、クルド人抵抗運動の中から育った。現在18歳から40歳までの7,000名の(場合によっては10,000名の)、義勇兵がいる。

       

      YPJは国際社会から何の資金も受け取っていない。そしてこの女性たちは補給品と食料をクルドコミュニティに頼っている。

       

      YPJは兄弟組織YPGと共に、シリア内戦をクルド人居住地域に持ち込もうという意図のあるすべての集団に対する戦いに参加してきた。

       

      また、YPJはシリアのISIL 民兵からの攻撃に曝されることも多かった。

       

      また重要な国境の町コバネ(シリア北西部の都市で、アレッポ県に属する)をめぐって、コバネ包囲戦にも参加した。

       

      標準戦闘服に身を包んだYPJのメンバー

       

      イラクでの軍事作戦
      YPJは、シンジャル山に追い込まれたヤズィーディー教徒の人々をISILの兵士から救出するに際して極めて重要な役割を果たした(2014年8月)

       

      「私たちは、政府に頼ることなく、自分たちで地域を守る必要がある。政府はISILから私たちを守ることができない。私たちは自分たちを、そして皆を守らないといけない。人種や宗教は関係ない」とある戦士は強調した。

       

       

      シリア内戦におけるYPJの重要性
      様々なクルド系メディアが、「YPJの兵士たちはコバネにおける対ISIL戦において不可欠なものとなった」と指摘した。

       

      ロジャヴァ(シリアの北部から北東部にかけて広がる事実上の自治区。2013年11月、ロジャヴァ作戦の中で事実上の自治権を獲得、直接民主制、男女同権、持続可能性を原則とした社会を築いた。)においてYPJが達成したことは、一考に値する国際的な注目を集めた。

       

      なぜならYPJは、女性がひどく抑圧されている地域において、女性により達成された強力な変化の希少な例だからである。

       

       

      YPJ司令官とオランド仏大統領との会談
      コバネ奪還後、YPJのネスリン・アブドゥッラー司令官と、民主連合党 (PYD)のアスィア・アブドゥッラー共同代表(ともに女性)は、オランド仏大統領により、パリのエリゼ宮へ招待された。二人はそれぞれ軍服と民族衣装で会談に出席した。

       

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      パリのエリゼ宮へ招待されたネスリン・アブドゥッラー司令官とアスィア・アブドゥッラー共同代表

       

       

      二人は、ISILとの闘いを進めるために、武器等の兵站支援をフランスに求めた。

       

      インタビューに対し、YPJのネスリン・アブドゥッラー司令官は、クルド女性防衛部隊が官邸に迎えられ光栄ですというコメントをした。

       

       

      なおPYDの外交責任者ズハット・コバーニーは、できたら隣人であるトルコとまず面会したかったと述べたが、トルコ外務省は、かれらはテロリストに過ぎないという立場を固持した。

       

      会談にはPYDフランス代表のハーレド・イッサも出席した。

       

      イッサは、ロジャヴァモデル(地方分権と男女平等)を全シリアに広げるという提案をしていると述べた。

       

      イッサはさらに、私たちはシャルリ・エブドを攻撃したような者たちと闘っている、脱中央集権化され民主化されたシリアを望んでいると述べた。

       

      また域外への進軍に関する質問に対しては、自由シリア軍との共同部隊である「ユーフラテスの火山」が攻撃されたら救援に行くし、既にアレッポにて何度もシリア政府軍と戦っていると述べた。

      Wikipediaより

       

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      クルド人と少数宗派のヤズィーディー教

      2019.08.08 Thursday

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        クルド人

         

        クルド人(クルド語: Kurd, 英語: Kurds)は、中東に住むイラン系山岳民族。

        トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる形で分布する、独自の国家を持たない世界最大の民族集団である。

         

        Diyarbekir shepherd, Mardin Kurd, Aljazeera Kurd, 1873.jpg

        (伝統的なクルド人)

         

        人口は2,500万〜3,000万人といわれている。中東ではアラブ人・トルコ人・ペルシャ人(イラン人)の次に多い。宗教はその大半がイスラム教に属する。

        言語的にはインド・ヨーロッパ語族イラン語派のクルド語に属する。

        主な生業は牧畜で、この地のほかの民族と同じく遊牧民として生活する者が多かったが、近年トルコ等を中心に都市へ流入し、都市生活を送る割合も相当数存在する。

         

        第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、サイクス・ピコ協定が締結された。これによってフランスとイギリスとロシア恣意的な国境線いてクルド人達の居住区はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。

        1922年から1924年まではクルディスタン王国が存在したこともあった

        また、1946年、現在のイラン北西部に、クルディスタン共和国が、ソヴィエト連邦の後押しによって一時的に樹立された。

         

        20世紀後半になるとクルド人の政治勢力が誕生し、大きな人口を抱えるトルコやイラクでは分離独立を求め、長年地元政府との間で武力闘争を展開するといった様々な軋轢を抱えている。近年では、各国の枠組みの中でより広範な自治権獲得を目指したり、当事者間による共存のための対話を模索する動きもある

         

        (クルドの旗)

         

        ヤズィーディー教

         

        ヤズィーディー(Yazidi、クルド語: Êzdîtî, êzidîtî)は、中東のイラク北部などに住むクルド人の一部において信じられている少数派の民族宗教。日本語ではヤズディ教とも書かれる。

        ヤズィーディー教徒の教義は基本的に口承による。創世記にあたる『ミスヘファ・レシ』 (Mishefa Reş) や黙示録にあたる『キテバ・ジルウェ』 (Kitêba Cilwe) 2つの聖典を持つが、これらは20世紀はじめに作られたものと考えられている。

         

        イラクだけでなく、周辺のシリア、ロシア、アルメニア等にもヤズィーディーの信者見られる。イラクの中では、ニーナワー県のシンジャール地方に最も多くのヤズィーディーの信者が住む。イラク北部のラーリーシュを聖地とし、信者には地球の中心だと考えられている。

         

        基本的にヤズィーディーは一神教であり、ゾロアスター教とメソポタミアの伝統儀式が入り混じるほか、キリスト教、ユダヤ教、スーフィー、イスラム教などの様々な宗教の影響を受けており、七大天使、孔雀天使マラク・ターウースを信じ、太陽に祈りを捧げる。

         

        ヤズィーディーは、信者への改宗を禁じるのと同時に、ヤズィーディーから生まれた者しかヤズィーディーになれないという考えがあるため、他宗教の信者がヤズィーディーに入信することも拒む。周辺のイスラム教徒やキリスト教徒と結婚することも禁じられていて、布教活動も行われていない。信仰や教義は、地域によって違うものが複数伝わっている。

         

        歴史的に見ればスーフィズムの影響から始まったように見られるが、輪廻転生を教義に持ち、イスラムの教義体系からは逸脱が目立つ。バラモン教にも見られるようなカースト的な階級制度を持つ(主要なカーストは三つある)。ほかにも、孔雀天使マラク・ターウースの伝えられる描写は、ムスリムからすると悪魔シャイターンに重なる部分も多い。

        山岳部のヤジディ教信者、イラクとシリアの国境にて、1920年代

         

        そのため、ムスリム(イスラム教徒)から邪教扱いを受けることがあるとされる。イスラーム過激派は、キリスト教徒より、「邪教」であるヤズィーディーの信者に激しい憎悪を向けるとされる。過激派組織の1ISILは、ヤズィーディーは多神教であるとし、ジズヤやイスラーム改宗の対象外とするなど、いわゆる啓典の民であるキリスト教徒やイスラム教徒とはその扱いを差別化した。

         

        クルディスタン地域の議会には、少数ながらヤズィーディーの議員枠の割り当てがある。

         

        他宗教との対立、迫害

         

        教徒の居住区はイラク北部に広がり、周辺の宗教勢力、武装勢力との対抗上、比較的アメリカ寄り立場を取るため、しばしばイスラム系武装勢力の攻撃対象となる。

         

        (ヤジディ教信者の男性)

         

        サッダーム・フセインの政権下では、ヤズィーディー教徒の村落破壊と強制移住が強いられた。ただし、サッダームはヤズィーディー、ムスリムを問わず、クルド人全てを迫害した。

        2007814日:ニーナワー県のヤズィーディー教徒が多く住む二つの村でトラックによる同時自爆攻撃が発生。死者は400人以上。当時、イラク駐留していたアメリカ軍は、アルカイーダによる自爆テロとの見解を表明。後日、同年93日に行った空爆で、自爆テロを計画、指揮した首謀者を殺害したと発表した。

        201488日:イラク政府及びクルド人自治区に激しい攻撃を加えていたISILに対し、アメリカ軍が限定的な空爆を実施。併せてISILの攻撃により、イラク北部のシンジャルの山地へ避難していたヤズィーディー教徒に対しても支援物資の空輸が行われた。

        20141015日:拘束したヤズィーディー教徒の女性を戦闘員に分配していたISILは、奴隷制の復活を宣言した。

        前述通り、ヤズィーディーは、ヤズィーディー以外との結婚を拒む。

        2007年には、スンニ派のムスリムと結婚し、イスラームに改宗した女性(本当に改宗したかどうかは不明)がヤズィーディーである一族から殺害されるという名誉の殺人が起こった。背景には、ヤズィーディーの排他性や保守性以外にも、イスラム武装組織がヤズィーディーを狙って起こした数々の大量殺人事件がある。

        Wikipediaより

         

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        シリーズ クウェート国の東日本大震災復興への熱い支援

        2019.07.09 Tuesday

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          恩返しの気持ちのこもった500万バーレル

           

           小溝泰義駐クウェート大使(当時の駐クウェート日本国大使)によると「震災後、クウェート本国ではチャリティコンサートなど大変な渦が巻き起こりました。

           

          私自身はそういう人たちに、特に若い人には一人ひとりお礼を申し上げました。

           

          結果的に2カ月で1000人以上のクウェートの方々にお会いしたと思います」と語っている。

           

           「クウェート人」の画像検索結果

          クウェートの若者達

           

          小池議員が‘石油の一滴を’と話したことが大使を通しクウェート本国に伝わったのは間違いないと思われるが、500万バーレルを決断したのはクウェート首長ご自身であった。  

           

          関連画像

          クウェート首長 サバーハ・アル=アフマド氏

           

          小溝前大使

          「500万バーレルの原油無償提供は当時の日本円で400億円相当です。台湾が一番多くの義捐金を提供してくれた言われていますが、総額100億円(その時点)です。

           

          湾岸地域の中での一番の兄貴分はサウジアラビアです。

           

          そこで普通サウジが10出したなら、クウェートとかオマーンとかUAEとかカタールとかはせいぜい6か7を出すのが礼儀なのです。

           

           

          ところが今回クウェートはサウジアラビアより20倍以上出してくれました」

           

           「これはクウェートがイラクに侵攻された時に日本が130億ドルを援助したことに対する恩返しの気持からです。

           

          「クウェート侵攻」の画像検索結果

          1990年 イラクによるクウェート侵攻

           

          大使に赴任しますと天皇陛下からもらった信任状を相手の国の元首にお渡しする儀式があります。

           

          その時間は通訳を入れて10分ですから実質は5分です。

           

          その中でサバーハ殿下は『日本に対する恩義は決して忘れておりません。イラクのクウェート侵攻の時には130億ドルもの援助をして下さった。これに対しては必ず恩返しをします』とおっしゃいました。

           

           「クウェート侵攻 日本 130億ドル」の画像検索結果

          湾岸戦争多国籍軍への90億ドル追加関連法案が可決され、

          海部俊樹首相(右)と握手を交わす橋本龍太郎蔵相(1991年2月28日)

           

           

          その後大震災が起こった時に、首長の主導によって500万バーレル無償供与の提案が為されたのです。

           

          任期終了時、私は直接首長にこのことのお礼を申し上げました。

           

          すると時の外務大臣が

          『日本が大変な目に合っていることは確かですけれど、クウェートにとっても大変なことでした。石油をあげるということで政権が倒れるかもしれないのです。

           

          過去何回も倒れました。それだけ石油を提供するということは政権にとってリスクがあるということです。

           

          クウェートは豊かな国ではありますが国家資源の9割位は石油で歳入の多角化はなかなかできないでいるのです。つまりクウェートには石油しかないのです。

           

          いわば“なけなしの原油”なのです。ちゃんと使わなかった事によって政権が何回も倒れたのです。それで決定まで一か月かかりました。

           

          しかし最後は首長自らが決定を下しました。議会は日本にあげるなら反対しないと言ったのです。』と言う裏話を明かしてくださいました」

           

           クウェート政府はサバーハ首長の命に基づき2011年4月、「原油500万バーレル無償提供」の意向を表明しました。

           

          「クウェート 日本 石油 寄付」の画像検索結果

           

          続く

           

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          シリーズ クウェート国の東日本大震災復興への熱い支援

          2019.07.05 Friday

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            2011年3月11日に起きた東日本大震災から今年2019年の3月でもう8年が経つ。

             

            多くの課題を残しながらもその道筋は一歩ずつだが、着実に回復にむかっている。

             

            台湾から総額250億円の支援金が日本に送られたことが話題となり台湾ブームを起こしたのに対し、原油500万バーレル(400億円相当)という巨額の支援を行ったクウェート国についての報道は余り多くなかった。

             

             

            「クウェート」の画像検索結果

            クウェート国 国旗

             

            関連画像

             

            実は三陸鉄道全面復旧はクウェート原油による義捐金によるものであった。

             

            関連画像

             

            クウェートからの義捐金は三陸鉄道に使われただけではない。

             

            今回はあまり知られていない東日本大震災に対するクウェートからの熱き支援を特集しようと思う。

             

             

            ‘石油の一滴を’という一言が500万バーレルに

             

             当時、2011年はクウェート独立50周年と湾岸戦争でのイラクからの解放20周年記念の年に当り、日本とクウェート間の祝賀行事が多く計画されていた。

             

            しかし3月11日の大震災により、日本での行事は取りやめとなった。

             

            そしてクウェート大使館主催で「東日本大震災支援チャリティーバザー」が開かれた。

             

            チャリティーバザー当日は晴天に恵まれ、港区三田のクウェート大使館敷地内は開会の午前10時までに参席者であふれた。

             

             被災者の方々に対する黙祷後、駐日クウェート大使は開会の挨拶に立ち、「震災後スタッフの協力と本国の支持を受けて業務をつづけ、二週間前には被災地を視察した」と語った。

             

            続いて小池百合子議員(当時自由民主党総務会長)は、

             

            「クウェート大使自ら小池事務所に来られ、日本の為に何ができるかと尋ねられた時、‘石油の一滴を’と答えたことがクウェート国から日本への500万バーレル(400億円相当)無償供与につながった」というエピソードを披瀝し会場から大きな拍手がおこった。

             

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            小池百合子氏はカイロ市のカイロ・アメリカン大学(英語: American University in Cairo)でアラビア語を修め、カイロ大学に移って1976年10月に卒業した中東の専門家でもある。

             

            続く

             

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