クルド人と少数宗派のヤズィーディー教

2019.08.08 Thursday

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    クルド人

     

    クルド人(クルド語: Kurd, 英語: Kurds)は、中東に住むイラン系山岳民族。

    トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる形で分布する、独自の国家を持たない世界最大の民族集団である。

     

    Diyarbekir shepherd, Mardin Kurd, Aljazeera Kurd, 1873.jpg

    (伝統的なクルド人)

     

    人口は2,500万〜3,000万人といわれている。中東ではアラブ人・トルコ人・ペルシャ人(イラン人)の次に多い。宗教はその大半がイスラム教に属する。

    言語的にはインド・ヨーロッパ語族イラン語派のクルド語に属する。

    主な生業は牧畜で、この地のほかの民族と同じく遊牧民として生活する者が多かったが、近年トルコ等を中心に都市へ流入し、都市生活を送る割合も相当数存在する。

     

    第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、サイクス・ピコ協定が締結された。これによってフランスとイギリスとロシア恣意的な国境線いてクルド人達の居住区はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。

    1922年から1924年まではクルディスタン王国が存在したこともあった

    また、1946年、現在のイラン北西部に、クルディスタン共和国が、ソヴィエト連邦の後押しによって一時的に樹立された。

     

    20世紀後半になるとクルド人の政治勢力が誕生し、大きな人口を抱えるトルコやイラクでは分離独立を求め、長年地元政府との間で武力闘争を展開するといった様々な軋轢を抱えている。近年では、各国の枠組みの中でより広範な自治権獲得を目指したり、当事者間による共存のための対話を模索する動きもある

     

    (クルドの旗)

     

    ヤズィーディー教

     

    ヤズィーディー(Yazidi、クルド語: Êzdîtî, êzidîtî)は、中東のイラク北部などに住むクルド人の一部において信じられている少数派の民族宗教。日本語ではヤズディ教とも書かれる。

    ヤズィーディー教徒の教義は基本的に口承による。創世記にあたる『ミスヘファ・レシ』 (Mishefa Reş) や黙示録にあたる『キテバ・ジルウェ』 (Kitêba Cilwe) 2つの聖典を持つが、これらは20世紀はじめに作られたものと考えられている。

     

    イラクだけでなく、周辺のシリア、ロシア、アルメニア等にもヤズィーディーの信者見られる。イラクの中では、ニーナワー県のシンジャール地方に最も多くのヤズィーディーの信者が住む。イラク北部のラーリーシュを聖地とし、信者には地球の中心だと考えられている。

     

    基本的にヤズィーディーは一神教であり、ゾロアスター教とメソポタミアの伝統儀式が入り混じるほか、キリスト教、ユダヤ教、スーフィー、イスラム教などの様々な宗教の影響を受けており、七大天使、孔雀天使マラク・ターウースを信じ、太陽に祈りを捧げる。

     

    ヤズィーディーは、信者への改宗を禁じるのと同時に、ヤズィーディーから生まれた者しかヤズィーディーになれないという考えがあるため、他宗教の信者がヤズィーディーに入信することも拒む。周辺のイスラム教徒やキリスト教徒と結婚することも禁じられていて、布教活動も行われていない。信仰や教義は、地域によって違うものが複数伝わっている。

     

    歴史的に見ればスーフィズムの影響から始まったように見られるが、輪廻転生を教義に持ち、イスラムの教義体系からは逸脱が目立つ。バラモン教にも見られるようなカースト的な階級制度を持つ(主要なカーストは三つある)。ほかにも、孔雀天使マラク・ターウースの伝えられる描写は、ムスリムからすると悪魔シャイターンに重なる部分も多い。

    山岳部のヤジディ教信者、イラクとシリアの国境にて、1920年代

     

    そのため、ムスリム(イスラム教徒)から邪教扱いを受けることがあるとされる。イスラーム過激派は、キリスト教徒より、「邪教」であるヤズィーディーの信者に激しい憎悪を向けるとされる。過激派組織の1ISILは、ヤズィーディーは多神教であるとし、ジズヤやイスラーム改宗の対象外とするなど、いわゆる啓典の民であるキリスト教徒やイスラム教徒とはその扱いを差別化した。

     

    クルディスタン地域の議会には、少数ながらヤズィーディーの議員枠の割り当てがある。

     

    他宗教との対立、迫害

     

    教徒の居住区はイラク北部に広がり、周辺の宗教勢力、武装勢力との対抗上、比較的アメリカ寄り立場を取るため、しばしばイスラム系武装勢力の攻撃対象となる。

     

    (ヤジディ教信者の男性)

     

    サッダーム・フセインの政権下では、ヤズィーディー教徒の村落破壊と強制移住が強いられた。ただし、サッダームはヤズィーディー、ムスリムを問わず、クルド人全てを迫害した。

    2007814日:ニーナワー県のヤズィーディー教徒が多く住む二つの村でトラックによる同時自爆攻撃が発生。死者は400人以上。当時、イラク駐留していたアメリカ軍は、アルカイーダによる自爆テロとの見解を表明。後日、同年93日に行った空爆で、自爆テロを計画、指揮した首謀者を殺害したと発表した。

    201488日:イラク政府及びクルド人自治区に激しい攻撃を加えていたISILに対し、アメリカ軍が限定的な空爆を実施。併せてISILの攻撃により、イラク北部のシンジャルの山地へ避難していたヤズィーディー教徒に対しても支援物資の空輸が行われた。

    20141015日:拘束したヤズィーディー教徒の女性を戦闘員に分配していたISILは、奴隷制の復活を宣言した。

    前述通り、ヤズィーディーは、ヤズィーディー以外との結婚を拒む。

    2007年には、スンニ派のムスリムと結婚し、イスラームに改宗した女性(本当に改宗したかどうかは不明)がヤズィーディーである一族から殺害されるという名誉の殺人が起こった。背景には、ヤズィーディーの排他性や保守性以外にも、イスラム武装組織がヤズィーディーを狙って起こした数々の大量殺人事件がある。

    Wikipediaより

     

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