シリーズ 『中東和平は可能か?』 4.過去の平和プラン 成功しなかった例

2019.04.09 Tuesday

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    ♦過去の平和プラン  成功しなかった例

     

     

    過去の平和プランの中で幾つかの成功しなかった、実行されなかったプランについて検討したいと思います。

     

    1. 1949年のLausanne Conference:1948年の戦争の停戦の後に国連調停委員会はローザンヌプランというものを発表しました。国連決議194に関係する領土とパレスチナ難民問題を解決しようとする案でありましたが決まりませんでした.

     

     

    2. 2002年、アラブ連盟の支持を受けたサウジアラビアの提案で、2007年にも提案がなされましたが、このプランは非常に興味のあるユニークなものでありました。

     

    パレスチナとユダヤの問題を、イスラエル全体の問題としてこの地域にまたがって包括的に解決しようという試みがありました。

     

    しかしこのプランはイスラエルから見れば、あまりにも失うものがあるし、パレスチナ側はそれでも十分ではない、とお互いに不満があり、スタートしませんでした。

     

     

    3.  2003年に、ジョージ・ブッシュによる和平へのロードマップというものが示されましたが、これもうまくいきませんでした。

     

    シャロンさんとブッシュさんですね。非常に有名な写真ですが、ジュネーブでも、難民の問題,国境の問題,あらゆる問題を包括的に解決しようということで本当に詳細なプランが練られましたけれども実行ができませんでした。

     

     

     

     

    その失敗する理由、その根本的な理由は一体何でしょう?色々な理由が考えられると思いますが、私は3点挙げたいと思います。

     

    第一は、お互いに相手を信頼できない。信用できないということ。

     

    第二は希望がない、充分な希望がないということ。何かが本当に変わるのだという希望が欠如しております。

     

    第三には,相手側にも正当な生存理由があるのだ、という相手側を認める姿勢が欠けております。

     

    国民一人一人の中に、「これで行きたい」というそういった思いや態度、これが無い中で、いくら指導者が合意しても、何かにサインしてもそれは結局は失敗する運命にあります。

     

    ♦失敗から何を学ぶべきか

     

    和平合意に調印後握手をするラビンとアラファト(中央はビル・クリントン)

    この後二人は揃ってノーベル平和賞を受賞する。

     

    ある悲しむべき事件が皮肉にもこの問題に対して私たちに一つの方向性を示してくれました。

     

    それはラビン首相の暗殺事件です。

     

    ラビン首相は自身の持つ非常に強い平和への思いで平和プロセスを進めて行ったのでありますが、彼は暗殺されました。

     

    彼は暗殺されましたが 多くの人が、「これは彼個人が暗殺されたのではなく、平和そのものが暗殺されたのだ」と言っております。

     

    イスラエルの市民として私も非常に大きなショックを受けました。現代のような時代に我々の首相が、こういった形で暗殺されるとは思ってもみなかったのです。 

     

    最近はパレスチナ側に住む人と会って話ますと「ラビンが暗殺されたのが残念でならない、ラビンがいたら我々はもっと平和へのプロセスを進めることができたのに」と、このように言っております。

      

    つまりイスラエル・パレスチナ両者がラビン首相のような心を持たなければならないということです。

     

     

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